🏯和歌山城
みなさんこんにちは!
このところの投稿はアメリカ出張の内容が連続していましたが、今回から趣味であるお城の紹介に戻します。
今回は昨年11月末に行った和歌山城です。昔は紀伊と呼ばれた地域で、寺社勢力や惣國(国人・土豪・地侍)の力が強く、中央集権体制に抵抗する勢力が強かったので織田信長や豊臣秀吉が何度も紀州征伐を行いました。
現在の和歌山城は天正13年(1585年)に紀伊を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に紀伊の地が与えられ秀吉の命により「若山」という地に築城されました。その後、「和歌山」と改めました。関ケ原の戦い後は、浅野幸長が紀伊国のお殿様になり、元和5年(1619年)に浅野家が安芸国広島藩に移封になると、徳川家康の十男、頼宣が入城し御三家の紀州徳川家が成立し幕末まで続きます。
さすが徳川御三家のお城なのでとても縄張りも広く、大きいなという印象ですが現在の城跡は当時の四分の一程度だそうです。
また特徴的なのは石垣です。野面積み(豊臣時代)、打込みハギ(浅野時代)、切込みハギ(徳川時代)と三種類の積み方がひとつのお城でみえるのは珍しいので必見です。
まだまだ寒い日が続きますが、もうすぐ暦の上では春を迎え梅の花もみられると思うので、みなさんも是非行ってみてください。
(本丸御殿跡から和歌山城天守閣)
天守郭と天守閣(上の方は打込みハギ:角や面をたたき平たくして積む方法、下の方は野面積み:自然そのままの石を積む方法)
松の丸櫓台石垣(切込みハギ:方形に整形した石を密着させて積む方法)
(2026.2.4 本社部門 三浦)




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